大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1598号 判決 2000年9月08日
原告
東野俊治
被告
矢野洋二
主文
一 被告は、原告に対し、金九五六万三一〇九円及びこれに対する平成四年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の負担とし、その四を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三五二一万六〇五五円及びこれに対する平成四年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 訴訟の対象
民法七〇九条(交通事故、人身損害)
二 争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実
(一) 交通事故の発生(甲一)
<1> 平成四年一二月四日(金曜日)午前六時五五分ころ(晴れ)
<2> 大阪府東大阪市俊徳町一丁目二番一九号先交差点
<3> 被告は、普通貨物自動車(大阪四七ぬ二五六〇)(以下、被告車両という。)を運転中
<4> 原告(昭和一六年九月一九日生まれ、当時五一歳)は普通貨物自動車(大阪四〇を七〇五五)(以下、原告車両という。)を運転中
<5> 被告車両が交差点を右折しようとして、対向車線を直進してきた原告車両に衝突した。交差点には信号機が設置されていて、対面信号は、両車両とも青信号であった。
(二) 責任(弁論の全趣旨)
被告は、交差点を右折するに際し、対向してきた原告車両の安全を確認しないで右折を始め、原告車両に衝突した過失がある。したがって、被告は、民法七〇九条に基づき、損害賠償義務を負う。
(三) 傷害(甲二)
原告は、本件事故により、頭部打撲、頸椎捻挫、左第四指捻挫、両肩関節打撲、左膝打撲擦過傷などの傷害を負った。
(四) 治療(甲二、三)
原告は、次のとおり入通院して、治療を受けた。
<1> 牧野病院
平成四年一二月四日から平成五年六月一一日まで(実日数一三五日)通院
<2> 東大阪市立中央病院
平成五年八月二三日から平成八年五月二〇日まで(実日数四〇八日)通院
その間の平成五年一〇月一二日から平成六年二月六日まで一一八日間、平成七年七月一九日から七月二八日まで一〇日間入院
(五) 後遺障害(争いがない。)
自動車保険料率算定会は、原告の後遺障害が後遺障害別等級表の脊柱に変形を残すものとして一一級七号、頸部に神経症状を残すものとして一四級一〇号の併合一一級に該当する旨の認定をした。
三 原告の主張
原告は、前記傷害のほか、頸椎椎間板ヘルニアの傷害を負い、手術をしたが、症状固定後も、四肢の知覚障害としびれ、鈍痛、握力と筋力の低下、歩行障害、頸椎部の運動障害などが残り、仕事に従事できず、生活保護を受けている。したがって、脊柱に運動障害を残すものとして八級二号、頸部の神経系統の機能または精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとして七級四号の併合七級の後遺障害が残ったというべきである。
原告主張の損害は、別紙一のとおりである。
四 争点と被告の主張
(一) 争点
過失相殺、傷害、後遺障害、因果関係等
(二) 被告の主張
本件事故については、原告にも過失があり、相当程度の過失相殺がされるべきである。
原告が負った傷害は、左膝の擦過傷のほかは、打撲程度のきわめて軽い傷害であり、事故後六か月程度で症状固定が可能である。頸椎の手術をしたとしても、術後六か月以上経過した平成六年五月末には症状固定している。
また、原告主張の頸椎椎間板ヘルニアは加齢性のものであり、これによる頸部脊柱管狭窄症はやや狭いという程度にすぎない。したがって、頸部脊柱管狭窄症は、本件事故との間に因果関係が認められない。
さらに、頸部脊柱管狭窄症のため脊柱管拡大術を施行したとしても、本件事故との間に因果関係がないほか、そもそも、頸髄症治療成績判定基準(JOA)によれば手術適応がなかった。
したがって、原告が主張する後遺障害のうち、脊柱の運動障害(八級)については、脊柱管拡大術によるものであり、本件事故との間に因果関係が認められない。
さらに、原告が主張する後遺障害のうち、神経障害(七級)については、原告がきわめて軽い傷害を負ったにすぎないから、自算会の認定のとおり一四級一〇号とすべきである。
第三過失相殺に対する判断
一 証拠(甲九、乙二、原告の供述)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故は、東西道路と南北道路が交わる交差点で発生した。東西道路の東行き車線は一車線の道路であり、西行き車線は交差点手前で、右折専用車線を含め二車線の道路である。交差点の西側の車線の境界には中央分離帯と高架の橋桁がある。交差点の東側の車線の境界にも中央分離帯がある。
交差点には信号機が設置されている。
(二) 被告は、東西道路の西行き車線(右折専用車線)を進行して交差点に進入した。右折しようと思い、前方約二六mの地点に原告車両が対向して進行してくるのを認めたが、そのまま右折を続けた。ところが、約一〇m進み、東行き車線上で、対向して進行してきた原告車両と衝突した。
二 これらの事実によれば、被告は、対向してきた原告車両の安全を確認しないで右折を始めた過失があるとともに、その過失はきわめて大きいといえる。
これに対し、原告も、前方を注視していれば、右折をしようとしていた被告車両に気がつくことができたはずであるから、被告車両の動静に注意すべきであったといえる。
そこで、これらの過失割合は、被告が八〇、原告が二〇とすることが相当である。
第四傷害、後遺障害、因果関係等に対する判断
一 証拠(甲二、三、九、一〇、乙四ないし一二、証人福井、原告)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 牧野病院における治療
原告は、本件事故直後の平成四年一二月四日から平成五年六月一一日まで、牧野病院で診察を受けた。
頭部打撲、頸部捻挫、左第四指捻挫、両肩関節打撲、右膝打撲擦過傷などと診断された。神経学的には異常所見は認められなかった。投薬と頸部のリハビリテーションを中心として経過観察を続けた。
しかし、両肩痛などの症状の改善がみられず、かえって増悪したようなので、他院で診察を受けることにした。
(二) 大阪府立病院における診断
原告は、平成五年九月二日、牧野病院の紹介で、大阪府立病院で診察を受けた。
頸椎ヘルニアと診断された。
原告は、平成四年一二月の事故後、両肩に痛みが生じ、平成五年二月には両肘の痛みも現われ、三月には膝が変な感じになり、足のしびれも感じ、四月には両手指のしびれが現われたと訴えた。
大阪府立病院の医師は、牧野病院に対し、次のとおり回答した。両上肢の痛みやしびれは、脊髄の圧迫症状と考えられる。今すぐ手術が必要とは思えない。手術によって、現在の痛みやしびれがどの程度とれるかはわからない。原因が外傷性椎間板ヘルニアによるものかどうかは、判断できかねるので、医療側では判断を避けたほうがよいかと思う。手術をしても、痛みやしびれについては改善がないこともあり得る。下肢症状が進行すれば手術が必要と思う。以上のとおり回答した。
また、保険会社の代理人弁護士からの照会に対し、次のとおり回答した。MRI所見で、外傷性ヘルニアの有無は判定できない。脊柱管狭窄があり、椎間板膨隆(C五/六、四/五、六/七)があるが、外傷によって三椎間の変化は生じがたく、もし外傷が関与したとすれば、このうちの一椎間だけの可能性がある。外傷が頸部脊髄症の発症にどの程度関与しているかは不明であるが、脊柱管狭窄がなければ症状が出なかったものの、外傷の関与は否定できない。手術適応は一応あるが、歩行障害が軽度であるため、絶対適応ではない。C五/六で一番強い圧迫があるが、C四/五、六/七でも圧迫があり、手術をするなら、頸椎椎弓形成術を選択する。以上のとおり回答した。
(三) 東大阪市立中央病院における治療と福井医師の意見
原告は、平成五年八月二三日、東大阪市立中央病院で診察を受けた。
頸椎捻挫、頸部脊柱管狭窄症と診断された。
治療の経過については、手術後に原告の診察を始めた福井潤医師(平成一一年一〇月から担当)の証言内容をもとに、次のとおり認めることができる。
原告は、自覚症状として、四肢の軽度の巧緻障害、両側の上肢、特に肩から上肢の外側部にかけての痛みとしびれを訴えた。
神経学的な所見としては、右上腕の三頭筋反射が亢進しているが、ほかに特に異常は認められなかった。
平成五年八月二八日にMRI検査をしたところ、C五/六に椎間板ヘルニアが認められ、脊髄への圧排が認められた。その上下であるC三/四、六/七にも椎間板ヘルニアが認められ、軽度の圧排が認められた。そこで、頸部脊柱管狭窄症と診断された。また、痛みやしびれの原因を特定するため、椎間板の中に造影剤を入れて症状の再現性があるかどうかを確認したところ、C五/六の椎間板に造影したときに、両側の上肢に再現性が認められた。
当初、薬物療法などの保存的な治療をしたが、症状の改善が得られなかった。他方、原告はひどい痛みなどを訴え続けた。そのため、前記の検査結果もふまえ、手術をするしかないと判断した。そこで、原告に対し手術をしても痛みやしびれがなくなるかどうかはわからない旨を説明し、原告もこれを承諾したうえ、手術をすることに決めた。手術の当否については、日本整形外科学会の脊髄症治療成績判定基準(JOA)を参考にするが、その基準に示された得点によって最終的な判断をするわけではない。
平成五年一一月、脊柱管拡大術(椎弓形成手術)を施行した。平成六年二月、退院し、その後はリハビリを続けた。検査目的のため、平成七年七月、再入院した。
手術の結果は良好であり、ヘルニア自体は残っているものの、C五/六の圧排は除かれた。そして、手術後の症状は、両側の肩口から上腕の外側部にかけての痛みは改善された。しかし、しびれは残ったし、手の巧緻障害についても、もともと軽度であり、それほどかわっていない。
現在の原告の自覚症状については、手術後に残ってもおかしくないものは、後頸部の鈍痛、上肢のしびれ感である。ほかの症状、つまり、両足趾の歩行時痛、間欠性の足背の締めつけられるような痛み、手の力が入りにくいなどというのは、手術後の画像所見からは説明しにくいところがある。
なお、原告には、後縦靱帯骨化は認められなかった。
(四) 後遺障害診断書
東大阪市立中央病院の福井直人医師は、平成八年五月二一日付けで次の内容の後遺障害診断書を作成した。
症状固定日は、平成八年五月一四日である。
自覚症状は、四肢のしびれ感(一日中持続)、手指運動時の両手MP関節痛、両足趾の歩行時痛、間欠性の足背(両側)部の締めつけられるような疼痛、後頸部の鈍痛、長時間歩行時のしびれ感増強、正座不能、箸は使えるが時々落としそうになってしまうこと、夜間しびれ感増強による不眠などである。
他覚所見は、ジャクソンテスト、スパーリングテストなどはいずれも-、四肢筋力はすべて五-~四、MRIによると手術による脊柱管の拡大は良好に認められ、両手腕と両足に感覚障害があった。頸椎部に運動障害が認められ、前屈は六〇度、後屈は四五度、右屈は四五度、左屈は四五度、右回旋は六〇度、左回旋は六〇度であった。
(五) 原告は、本件事故前は、個人で、システムバスの設置工事や水回りの改装工事などの建築業に従事していた。本件事故も、仕事の現場に向かう途中で起きた。
事故前には、体に痛みやしびれを感じることはなかったし、治療を受けたこともない。
二 これらの事実によれば、原告は、本件事故により頸部に衝撃を受け、頸椎捻挫の傷害を負い、頸椎椎間板ヘルニアを発症したと認めることが相当である。
なお、C五/六、四/五、六/七の椎間板ヘルニアが本件事故により直接生じたものかどうかについては、医学的にはわからないところがあるが、原告は本件事故前には特に症状がなく、事故後痛みやしびれが現われたことを考えると、本件事故と頸椎椎間板ヘルニアとの間に相当因果関係を認めることができる。
三 次に、東大阪市立中央病院の医師は、保存的療法を試みたが症状の改善がみられず、自覚症状や検査結果などを総合的に考慮して脊柱管拡大術を施行し、上腕部の症状の改善が認められたというのであるから、この手術と本件事故との間に相当因果関係を認めることができる。
これに対し、被告は、JOAによれば手術適応がない旨の主張をするが、前記認定によれば、手術を選択した医師の裁量が不相当であったということはできない。
四 次に、原告は、手術後、上腕部の痛みやしびれが改善されたが、しびれが若干残っていると認められ、結局、脊柱に変形を残すものとして一一級七号、頸部に神経症状を残すものとして一四級一〇号の後遺障害が残ったと認めることが相当である。
これに対し、原告は、頸部に運動障害が残り、また、軽易な労務以外の労務に服することができない神経障害の後遺障害が残ったと主張する。
しかしながら、頸部の運動障害については、症状固定時には、可動域制限がほとんどなかったと認められる。また、原告に現在痛みやしびれなどの神経症状が残り、仕事ができないとしても、前記認定の後遺障害を除いたほかの症状については、事故態様や画像などの医学的所見からは説明できないものと認められ、本件事故との間に相当因果関係を認めることは困難である。
五 なお、前記認定のとおり、外傷により直接椎間板ヘルニアが生じたかどうかは明らかではないが、原告は本件事故前には痛みなどの症状がなく、治療を受けていたなどの事情も認められないから、既往症を理由に減額することは相当ではない。
また、前記認定のとおり、原告には頸椎椎間板ヘルニアの所見が認められ、脊柱管拡大術が施行されたのであるから、本件では、原告自身の心因的要因が損害の拡大に寄与をしたことを理由に損害を減額すべきではない。
六 以上の認定に基づき、損害について判断する。
第五損害に対する判断
一 治療費 二二万四七七〇円
一九五万二九五七円
治療費は、二二万四七七〇円と認められる。(甲四)
ほかに既払分として、一四八万五一七九円と四六万七七七八円の合計一九五万二九五七円が認められる。(乙三)
二 入通院慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円
入通院慰謝料は、三〇〇万円が相当である。
三 入院雑費(一三〇〇円×一二八日) 一六万六四〇〇円
入院雑費は、一六万六四〇〇円(一三〇〇円×一二八日)が相当である。
四 通院交通費(四〇〇円×六一三日) 二四万五二〇〇円
通院交通費は、二四万五二〇〇円(四〇〇円×六一三日)と認められる。(弁論の全趣旨)
五 休業損害 九〇〇万〇〇〇〇円
(一) 基礎収入は、一か月三〇万円と認められる。
なお、平成二年の所得は年間一三五万円と申告していたと認められるが(乙一)、この内容が信用しがたいことは明らかである。そして、原告の仕事の内容や得ていた収入(甲六ないし九)、平均賃金などを考えると、原告は、少なくとも、一か月三〇万円の収入を得ていたと認めることが相当である。
(二) 休業期間は、傷害の内容、治療の経過、認定すべき後遺障害の内容を考えると、症状固定までまったく仕事ができなかったと認めることは困難であり、そのうち三〇か月就労できなかったと認めることが相当である。
六 後遺障害慰謝料(一一級) 三六〇万〇〇〇〇円
後遺障害慰謝料は、三六〇万円が相当である。
七 逸失利益 六七六万三三二〇円
(一) 基礎収入は、一か月三〇万円と認められる。
(二) 労働能力喪失率は、二〇%(一一級)と認められる。
(三) 期間は、一三年(ライプニッツ係数九・三九三五)と認められる。
八 文書料 三万一六〇五円
文書料は、三万一六〇五円と認められる。(弁論の全趣旨)
九 既払い 一一三二万四二九二円
既払いは、一一三二万四二九二円と認められる。(乙三)
一〇 結論
したがって、原告の損害は、別紙二のとおり認められる。
(裁判官 齋藤清文)
10―1598 別紙1 原告主張の損害
1 治療費 22万4770円
2 入通院慰謝料 307万0000円
3 入院雑費(1300円×128日) 16万6400円
4 通院交通費(400円×613日) 24万5200円
5 休業損害 1257万0000円
(1) 基礎収入は、1か月30万円
(2) 休業期間は、症状固定まで1257日
6 後遺障害慰謝料(7級) 850万0000円
7 逸失利益 1649万9280円
(1) 基礎収入は、1か月30万円
(2) 労働能力喪失率56%(7級)
(3) 期間13年(ホフマン係数9.821)
8 文書料 3万1605円
小計 4130万7255円
既払金 959万1200円
既払金控除後 3171万6055円
弁護士費用 350万0000円
残金 3521万6055円
10―1598 別紙2 裁判所認定の損害
1 治療費 22万4770円
195万2957円
2 入通院慰謝料 300万0000円
3 入院雑費(1300円×128日) 16万6400円
4 通院交通費(400円×613日) 24万5200円
5 休業損害 900万0000円
(1) 基礎収入は、1か月30万円
(2) 休業期間は、30か月
6 後遺障害慰謝料(11級) 360万0000円
7 逸失利益 676万3320円
(1) 基礎収入は、1か月30万円
(2) 労働能力喪失率は、20%(11級)
(3) 期間は、13年(ライプニッツ係数9.3935)
8 文書料 3万1605円
小計 2498万4252円
過失相殺後(被告80%) 1998万7401円
既払金 1132万4292円
既払金控除後 866万3109円
弁護士費用 90万0000円
残金 956万3109円